がんゲノム医療の限界点とは?(より良い医療に近づくためには?)
国内でもようやく始まってきた「がんゲノム医療」。これにより、個々の患者さんにおいてどういう遺伝子変異が原因となっている癌なのかを網羅的に調べることができることから、それに応じた治療方法を検証することが出来るというメリットがある。
日本では現時点で全国11施設のがんゲノム医療中核拠点病院および156施設のがんゲノム医療連携病院で受けることが可能になっている。
ただこの医療にはまだまだ課題が多い。この課題について論じてみたい。
また、国内だけではなく、海外で行われてるがんゲノム医療において、その結果がどのようなものであったのかを最新の論文を交えて検証したい。
①「標準治療を行った後の症例しか対象とならない」
よく勘違いされやすいようではあるが、がんと診断され、いきなり癌ゲノム医療における検査を受けようと思ってもできないという事。主治医よりprogression desease(PD)となったか、その見込みである症例しか対象にならない。その点を主治医と相談しておかねば検査を受けることもできない。
②対象となる遺伝子パネルに相違がみられる点
日本初のNCCオンコパネルとFoundation One Codexの2つが使えるが、Whole Exome解析とは異なり、特定の遺伝子を対象としたパネルであるため、この2つのパネルが対象としている遺伝子には若干の相違がある。臨床上どこまで問題になるかは難しい所だが、その点も踏まえる必要がある。
③まだコストが高い。(56万円)
国内においては保険診療となったため保険適応となるが、56万円がかかる事になる。ただ全額払う必要はなく、1割~3割負担と患者さんの対象によって変わる事となる。この検査が普及する事でコストが下がるのかという事は現時点でも不透明
④検査結果が返ってくるのが遅い
やはり問題となるのが結果から治療までに時間がかかる事。検査結果が返ってくるのが早くても1か月。また検査結果を主治医が加味して治療計画を練るとなると遅ければ2ヵ月近くもかかってしまう。その間にその症例をどう対応するかという所が非常に悩ましい状況になる。
⑤検査結果が分かってきても適格治療に至るケースはまだ10~20%
国立がんセンターのように治験施設であれば、タイミング次第では治験にエントリーができる可能性はあるかもしれないが、それは時の運となる。検査結果を基にしてtarget therapyなどを選択したとしても、その症例の癌腫とその癌腫に適応を有してる薬剤かで大きく変わってくる。その癌腫において未承認の薬剤であった場合は下手をするとすべて自由診療として、かかる医療費そのものを自己負担せねばならないという事にもなるからだ。
一部、「患者申出療養制度」として患者の申し出によっては適応外の抗癌剤なども対象とできる制度はあるが不十分である。なぜならこれを行っているのはNovartis社のみであり、この会社の薬剤しか適応にならないためでもある。(Braf阻害剤、MEK阻害剤、ALK阻害剤、HER2阻害薬やグリベックなどが対象)
⑥連携体制がまだ未熟
東京都を基盤とした医療体制ならば良いかもしれないが、地方大学を拠点とするんゲノム医療中核拠点病院では連携体制の構築と維持が非常に難しいとも言われている。そもそも患者さんの居住地によっても大きく影響を受けるとも言われており、通院なども大きな負担になる事もある
⑦EBM不足による治療のかじ取り
状況によっては適応外での使用が行われていくことになるかと思うが、その癌腫における有効性や安全性は完全に担保されていない。そのため予期せぬ有害事象が出る可能性も有りえる。この点をどうカバーするかが難しい。そもそもだが、標的病変が異なる癌腫では薬剤の治療効果も変わってくることが容易に想像される。実際に、肺癌の特定の変異と同一の変異が消化器癌で見られたとしても、その変異を対象とする薬剤では治療効果が異なるという事は実際に確認されている。
海外においても、同じように癌ゲノム解析とアウトカムはどうなっているのかの大規模な検証結果を公開している。
Open accessのため誰でも読めます。
要点だけを述べると、
【内容】
多施設共同前向き試験Exoma trial (NCT02840604)において2016年5月から2018年10月までの506例の患者でがんゲノムパネル(317個の遺伝子)エクソーム解析を実施している。このパネルはFoundation One Codexに準拠。
・腫瘍組織サンプルの受け入れ期間の中央値は8日
・サンプル受信から結果返送までの期間中央値は52日
・506例中456例(90.1%)が分析され342例(75%)が治療提案を受けた
・実際にその提案通りの治療を受けたのが79例
・その79例は最終的に原病の進行が50例(63%)治療毒性18例(23%)、死亡4例(5%)となっておりほぼすべてがゲノム変異に一致した治療が終了してしまっている。
・PGS2/PFS1という指標が用いられており、ゲノム変異に応じた治療と実臨床の標準治療においてPFS(無増悪生存期間)においては差が無かったとされている。
補足するならば、RNAスクリーニングも事前に行うべきであったとはされている。
結論として、panel sequencingは日常臨床でも実施可能としておきながらもこの治療戦略では患者の予後改善にはまだ不十分であるという事を余儀なくされているといっているようなものである。
腫瘍における不均一性が問題となっている状況においては一つのターゲットに絞っても難しい状況であるという事をこの研究グループも述べている。加えて検体の管理においても通常のパラフィンブロックでは検体の質としても限界があるのは当然でもある。この体制を考えていかねばならないともしている。
癌ゲノム解析は一つの羅針盤ではあるが、それに加えて、RNA sequencingやCell-free DNAも視野に入れていく必要もある。
今回のこの論文検証は色々とまだ限界はある。例えば、PFS2(初期治療に失敗した後の後治療での無増悪生存期間)がどの程度伸びているのか?また、その後にImmuno checkpoint阻害薬が入っている症例の予後は?増悪後にliquid biopsyをして調査をすればまた違う結果になっていたかもしれない。そもそも検査結果の返送をより早めて医師の治療判断をより早くすれば、治療効果が変わっていたかもしれないなどだ。まだまだ不明な点は多い。
Precision medicineにおける一角である 「癌ゲノム解析」に一石を投じた論文ではあるが、ここから学べるものを課題として次の研究に進むべきでもある。target therapyでは限界はあるが、今臨床でも話題になっている「Immune-oncology」を組み合わせた複合免疫療法でどのような活路を広げることが出来るのか?それを真剣に考えていかねばならないと思う。
今日紹介したトピックスも交えて、今後も色々な角度で考察をしていきたいと考えている。