免疫チェックポイント阻害薬は血栓症を誘発するのか?
最近になってよく耳にする機会が増えた「Cardio oncology」。
これを直訳すると「腫瘍循環器学」とでもいうのだろうか?
この領域における専門的な学会も立ちあがっており、
臨床におけるがん患者の生命予後を循環器領域の観点で改善しようという働きかけを検討している。
http://onco-cardiology.kenkyuukai.jp/special/?id=27611
もともと、「循環器」と「癌」がコラボするきっかけを作ったのは、アドリアマイシンという抗癌剤による副作用によって引き起こされる「心毒性」のケアを循環器内科がコンサルテーションを行っていたという背景がスタートでもあると言えるだろう。
今後の癌治療はチーム医療で乗り越えていかなければならない。
様々な併存疾患をクリアしていくには他科との連携が必須だからだ。
その一環で気になっていたのが「血栓症」である。
高齢化社会の中で、元々血栓症を有している方が化学療法を受けたり、化学療法を行っている間に血栓症を引き起こしたりで生命予後を短縮してしまうケースも多かった。
これは今も続く問題でもあり、有効な血栓治療薬である直接経口凝固薬(DOAC)の登場で治療成績も向上してきている。
血栓症をもたれながらも癌治療を行う患者や、治療中に血栓症が引き起こされてしまった患者における早期の血栓治療というのは重要なテーマであるのは間違いない。
今回の論文は、日頃からの疑問であったものでもあった。
「免疫チェックポイント阻害薬は血栓症を誘発するのか?」である。
そのことに関して過去の前臨床のデータをふまえつつ、臨床的に検討を行っている報告があったので取りまとめたい。
Is There an Interplay between Immune Checkpoint Inhibitors, Thromboprophylactic Treatments and Thromboembolic Events? Mechanisms and Impact in Non-Small Cell Lung Cancer Patients.
【Cancers (Basel). 2019 Dec 25;12(1). pii: E67.】
【過去背景】
抗PD-1抗体によるシグナル遮断はプロアテローム形成を促進しアテローム性動脈硬化プラークの形成を促進する事が示されている。
さらに、他の前臨床データでは、抗血小板薬と免疫チェックポイント阻害薬(ICI)の相乗効果の可能性を示唆している。
ただし、現状としてICIが血栓症を誘発するのかどうかという事はわかっていなかった。
【今回の検証】
ICIで治療されたNSCLC患者の血栓塞栓イベント(TE)および血栓予防の発生率、予測因子、および予後調査を確認するために前向き観察研究を実施。(APOLLO研究)。
【結果】
2014年4月から2018年9月の間に治療を受けた217人の患者のうち、13.8%がTEイベントを発症していた。
- 現在の喫煙状態(HR 3.61(95%CI 1.52-8.60)、p = 0.004)
- PD-L1≧50%(HR 2.55(95%CI 1.05-6.19)、p = 0.038)
がTEに相関していた。
抗血小板治療を受けた患者は、より長い無増悪生存期間(PFS)(6.4 vs 3.4か月、HR 0.67(95%CI 0.48-0.92)、p = 0.015)およびOSの改善傾向(11.2 vs 9.6か月、HR 0.78 (95%CI 0.55-1.09)、p = 0.14)が確認されている。
しかし多変量モデルでは確認されておらず、患者の転帰に対する抗凝固治療の影響は観察されていない。(つまり併用効果は限定的で不明という事)
ICIで治療されたNSCLC患者は、血栓の合併症のリスクを抱えたままである。
また発症の際にはOSに悪影響を与えることが明らかになった。
ICIの有効性に対する抗血小板薬の影響は、前向き試験でさらに調査する必要性があると述べている。
【備考】
ICisにおける血栓症の報告は意外に少なく、論文中に述べられているものでも単発的にしか報告されていない。そのため関連性が不透明なままでもあった。
症例報告ベースではNivoでCRが取れたPD-L1highのNSCLC症例で急性肝症候群が発症したという報告がある。
またBoutrosからの報告ではICI治療中に4例TEを発症し、塞栓摘出後の患者の血栓に大量の閉じ込められた白血球が存在していたと報告している
その他にはICIで治療されている様々な癌サブタイプで、予想外の高いTEイベント率(30.3%)が報告され、OSの悪化との潜在的な関連があった事を示している
この研究はICIを受けたNSCLC患者におけるTEイベントの発生率と特徴を初めて報告している報告となっている。
ベースラインで血栓症を発症している患者の割合は、NSCLC患者全体の以前の文献データと一致していたため、ICI投与での血栓症のリスクは無視できない。
通常、化学療法の開始後最初の数ヶ月でTEリスクが特に高いと一般的に言われている。https://jamanetwork.com/journals/jamainternalmedicine/fullarticle/409843
今回の検証ではICIで血栓は治療の過程全体で発生し、最初の6ヶ月後に3分の2が報告されたという傾向があったとの事だった。
ICIで引き起こされる血栓症の約半分が動脈イベントであったという事。
その仮説として、この団体が述べているものとしては、
- ICIは動脈イベントのリスクを直接増加させる可能性
- 患者の癌治療に依存しない危険因子の存在。
- ICIによるOS延長は「がん以外」のリスク要因(ライフスタイル、併存疾患など)に繋がる可能性。
等を挙げている。
今回の検証では喫煙状態と高PD-L1発現がTEリスクに相関していた。
この2要因がアテローム発生を促進する可能性があるが、ICI治療中の患者の転帰改善にも寄与するため仮説の内容も加味されるのではと述べている。
これを見る限りでは血栓症もICIによるirAEとも呼べるのではないかとも考えられる。
今まで定点観察項目ではない事と、意識してモニタリングを行っていないという背景からも見過ごされているのかもしれない。
本来ならば事前にスクリーニングできていればよいし、血栓を発生させないように事前予防できればよいではないかと思われるが、現状として臨床診療では新規の抗凝固薬(DOAC)を始め血栓予防は保険診療でまかなえない(ベースに血栓症があれば別だが)
それ以外で面白いなと思ったのは、今回の検証で、抗血小板薬の中でもアスピリン(ASA)を使っている症例は長いPFSとOSを示していたようだ。
過去の前臨床研究でCOX-2 / mPGES1経路は腫瘍微小環境において腫瘍免疫回避を促進していることなども知られている。
基礎では述べられていたことが、この観察研究においては臨床で初めてアスピリンによるASAによるCOX阻害がICIで治療されたNSCLC患者のより良い結果と関連していることを示したいると書かれている。
しかし、腫瘍検体を細かく見ているわけでもなく、結果が出たものに対して仮説をくっつけたような感じになっているのでまだよくわからない。
今後COX阻害剤(NCT03638297、NCT03245489)およびPGE2受容体4拮抗薬(NCT03696212、NCT03658772)をICIと組み合わせて試験する前向き無作為化試験が進行中のようであり、これがもれなくポジティブになれば変わってくるかもしれない。
そもそも下記のような試験制限がある。
- 単独アームでの検証である事(ケモアームや他のコホートなどが必要)
- 症例数が少なく検出力が低い
- 投与された治療ラインおよびICIが統一されていない
- 抗凝固薬や抗血小板薬の治療スケジュールの違い
- 使用薬剤の違い(例:血小板のP2Y12をターゲットとするクロピドグレルに対するCOX阻害剤としてのアスピリン)
- レトロスペクティブであり前向き検証ではない
そのため、この点を補えるような対抗armのあるPhaseⅡorⅢを組まねば臨床は変えられないだろう。
個人的には興味はあるけれど、この試験を実際に試そうと思うとハードルが高い・・。
ただ少なくともICIにおいても「血栓症」のリスクはあるという事だ。
冒頭で述べたCardio oncologyの観点からも、事前のスクリーニングはもちろん、ICI治療経過中においてのモニタリングには注意が必要であることを感じさせられた。